世界の12の先住民族の物語を紡いでいく旅。ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」
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12の先住民族
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DNA
12の先住民族
※「撮影終了」の先住民族名をクリックすると、取材済みの撮影手記などをご覧になれます。
ABORIGINAL:アボリジナル
CELT:ケルト民族
ALASKAN TLINGIT:アラスカクリンキット族
HOPI:ホピ族
TAIWANEE HILLTRIBE:台湾の山岳民族
NATIVE HAWAIIAN:古代ハワイの先住民族
AINU:アイヌ民族
UNKNOWN:未知
ALASKAN TLINGIT:アラスカ・クリンキット族
撮影手記
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「HIBIKI 第3章 〜アラスカ・クリンキット〜」取材クルーの移動。アラスカ 2014年9月24日〜2014年10月24日
(*すべて現地時間。アラスカと日本の時差: -18時間)
2014.09.24   成田からシアトル経由で、アラスカ・シトカに向けて出発。
2014.09.24   シトカ到着。
2014.09.25   ロビーとの出会い。ボブ・サムと再会を果たす。
2014.09.26   シトカの学校で、クリンキットの子供たちに日本語を教える。
2014.09.27   ロビーにキャンピングカーを提供され、ホームステイがはじまる。
2014.09.28   クリンキット・イーグル族の長老会議に参加。
   
2014.09.29 〜 2014.09.30 ボブ・サムとジュノーに行く。
トーテムポールの儀式に参加。
   
2014.10.01   トーテムポールのクリエイター、トミー・ジョセフのインタビュー。クジラの撮影に成功。
2014.10.03   シトカを一旦離れ、アンカレッジに向かう。
アラスカ内陸部の撮影開始。
     
2014.10.04 〜 2014.10.05 デナリ国立公園。
     
2014.10.06   湖の街、タルキートナ。マッキンリー山(デナリ山)を空撮。
2014.10.07   タルキートナ。オーロラ撮影、一回目チャレンジ。
2014.10.08   タルキートナ。皆既月食。オーロラの撮影に成功。
2014.10.09   アンカレッジに戻る。マタヌスカ氷河撮影。
2014.10.10   アンカレッジ。フラットトップ・マウンテン登頂。
頂上付近にて、ワタリカラスに遭遇。夜の便でシトカに帰る。
2014.10.11   シトカ。クリンキット、クラン・イーグル儀式撮影。一日目。
2014.10.12   シトカ。クリンキット、クラン・イーグル儀式撮影。二日目。
   
2014.10.13 〜 2014.10.16 シトカの風景撮影
   
2014.10.17   シトカ。クリンキット、クラン・レイヴン儀式、前夜祭。
2014.10.18   シトカ。クリンキット、クラン・レイヴン儀式、撮影。
2014.10.19   シトカを離れ、フェアバンクスへ。
   
2014.10.20 〜 2014.10.22
フェアバンクスを中心にオーロラを撮影。アラスカ大学博物館など。
   
2014.10.23   フェアバンクスからシアトル経由で帰国。
2014.10.24   成田着。
アラスカ

アラスカの連なる山と山 アラスカは、日本の国土の約4倍にあたる。

 アメリカ50州の中でも最大の規模。東側にカナダ、北に北極海、西にベーリング海、南にアラスカ湾と太平洋。

 人口は約73万人で、このうち先住民が占める割合はわずか15パーセントほど。
(※アメリカ国勢調査局2012年)

 また、ラスト・フロンティア(最後の辺境地)と呼ばれるアラスカは、広大な大自然に多くの野生動物がありのままの姿で生息している。

 今回の旅では、飛行機を多く利用した。それは、原生林が広がっている為に陸路での移動は困難だからだ。

 また、日本ではまだ夏の暑さが残る10月、アラスカはもう冬だった。車でアンカレッジからデナリを走った時、猛吹雪にあい、200kmも引き返した。雪に閉ざされない為であったが、この時の判断がのちに奇跡を生み出す。

  大自然への畏れは響きの心。

シトカ
シトカ/ロシア教会・エッジカム火山

星野道夫トーテムポール

 

 

 シトカは、1804年にロシア人によって造られた町。1867年にアラスカがアメリカ領になるまでの63年間、帝政ロシア統治下での首都であった。今でも町のシンボルになっているのは当時建てられたロシア教会だ。

 クリンキット族の多くがロシア人によって虐げられた。響き第3章で、導き役となったクリンキットの語り部、ボブ・サムは、星野道夫の親友で、ロシア人によって荒らされた先祖の墓の修復運動でも知られている。

 海を隔てて望むエッジカム火山は、日本の富士山に似ていることから、「シトカ富士」とも呼ばれている。

 またこの町に、星野道夫を偲んで、「星野道夫トーテムポール」が、クリンキットの人々によって建てられた。

デナリ国立公園

 「デナリ」とは、「偉大なもの」という意味。

 デナリ山は、北米大陸最高峰(標高6194m)。マッキンリー山とも言う。

 デナリ国立公園は、デナリ山を中心に広がる、雄大な自然保護区。日本の四国より広い面積。そこには、グリズリーベア(ハイイログマ)、ムース(ヘラジカ)、カリブー(トナカイ)など、野生動物の王国。また、平均標高が1000mあり、春から夏にかけて、咲き乱れる高山植物。ツンドラが真っ赤に染まる短い秋。空と山が真っ白につながるほどの深い冬。季節ごとに圧倒的なスケールで、大自然が迫って来る。

 星野道夫は、デナリ国立公園を今宵なく愛した。今に多くの写真が残っている。

 今回は冬の為、園内の一番奥にあるワンダー・レイクには入れなかったが、冬山、マウンテン・ヒーリーに登頂した。深い雪に埋もれたあたりは静寂そのもの。すべての存在をも打ち消すその力に圧倒された。

 デナリの撮影後、南下して、湖の街、タルキートナに移動。ここで宇宙が織りなす壮大な天空ショーに出会う。19年ぶりの皆既月食。満天の星空。流れ星。そして、オーロラ。それらが一度にやって来た。この時のことは一生涯忘れられないだろう。

詳細はこちら>>> ディレクターズ・ノートから抜粋、「#宇宙協奏曲」

アンカレッジ
フラットトップ・マウンテン/マタヌスカ氷河

 アラスカの表玄関で最大都市。アラスカ全人口の約40%がこの町に住んでいる。

 アンカレッジの歴史は、他のアラスカの都市と比べて浅いと言える。ゴールドラッシュの本拠地フェアバンクスと、アラスカ湾を結ぶアラスカ鉄道の建設にあたって、ヘッドクォーター(司令部)に選ばれ、発展していった。

 HIBIKIは、アンカレッジをキャンプに、フラットトップ・マウンテン。マタヌスカ氷河などを撮影。

フェアバンクス

オーロラ

 フェアバンクスは、北半球で最も明るいオーロラが観測できることで有名な町。また、アラスカ内陸部の交通と経済の中心。1902年に始まったゴールドラッシュ以来、石油パイプラインの建設など、アラスカの経済発展に大きく貢献した。

 また、オーロラ研究で有名なアラスカ大学フェアバンクス校には、博物館があり、アラスカの歴史を深く学べる。星野道夫の写真が何点も大きく展示されていて、彼とアラスカの深い結びつきを感じられた。

 HIBIKIは、フェアバンクスの周辺の山に入り、オーロラを撮影した。

アラスカ・クリンキット
トーテムポール/レイヴン&イーグル

 アラスカの南東部、森林に覆われた海岸沿いと島々に住む、ネイティブインディアン。

 漁労狩猟採集民と言われる海洋インディアン、クリンキット族は、母系社会を形成している。
  (※婚姻は、もう一方の集団から配偶者を選ぶ決まりがあり、生まれた子どもは母親の集団に属する)

 人々は、「ワタリガラス(レイヴン)」と「ハクトウワシ(イーグル)」のどちらかの集団に属し、さらに枝分かれした動物のクラン(家系)を持っている。クランには、熊、狼、シャチ、鮭、蛙などがある。

 クリンキット族と言えば、トーテムポールでも知られているが、これを作るということは、海の民である証だ。

 彼らは、漁で魚を釣り上げたら、その場ですぐに、頭を棍棒で叩き、とどめを刺す。そして、「苦しまずにあの世へ行き、また帰ってきてくれ」と、唱えるのだ。

 植物に対しても同じで、命あるすべてに最大の敬意を払う。

 クリンギット族の神話の語り部、ボブ・サムは、森に入って薬草を摘む時、心を清め、良いことだけを考えると言う。そして、薬草に近づいたら祈りを捧げる。すると、薬草が採られる為の準備をはじめるんだそうだ。

 このように、魚の魂に話しかけ、植物の魂にも話しかけ、命あるすべての存在を敬み、食する。

ロビー
左から2番目がロビー

 HIBIKI第3章クリンキット編も、何も決めないで、アラスカに飛び込んだ。

 「アジェンダ・レス」

 計画を持たない。大いなる存在へ委ねる旅。

 その祈りに神様が応える。まるですべてが事前に準備されていたかのように、響きを進めるに重要な人々と、次から次へと出会う。

 その展開の速さと濃さは、この世界のもっとも優れたスーパーコンピューターでも計算出来ないだろう。

 前回のHIBIKI第2章ケルト編では、アイルランドのイニシュモア島に着いていきなり、ケルト民族の人の家にホームステイが決まった。彼の名は、テリー。奇跡のはじまりだ。

 そして、次から次へと起こって来る奇跡の連続。いったんそれがはじまると、その展開の速さについて行くのがやっと。何も考えなくて良い。ただただ大いなる存在に委ねるだけで、響きのメッセージを紡がせて頂ける。

 これが、響きの「アジェンダ・レス」

 そして、今回のアラスカの旅も例外ではなかった。

 彼女の名は、ロビー。クリンキットの子どもたちに、彼らの古い言葉を教える教師だ。

 シトカに着いた翌日にはロビーに出会い、ホームステイとなるキャンピングカーを無償で与えられ、長老会議に導く。

 ロビーは儀式の時、集ったクリンキットの人たちに、拙い英語の僕に代わって、HIBIKIのことを熱く熱く語った。響きの英語版の企画書を隅から隅まで読まないと分からないことを、彼女は密かに勉強していたのである。彼女の溢れる愛に涙した。

 アラスカの旅、奇跡の連続は、ロビーからはじまった。

ロビーについての詳細はこちら>>> ディレクターズ・ノートから抜粋、「#ロビー」

アジェンダ・レス「ボブ・サム編」
ボブ・サムと一緒に

 ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」の全編を通して大事にしている取材スタンスがある。

 それは「アジェンダ・レス」

 「アジェンダ」とは「計画」、そして「レス」なので、「計画を持たない」と言う意味である。

 今回のアラスカの旅は、帰国するまでの一ヶ月間、奇跡が凄まじいスピードで毎日起こり続けた。それについて行くのがやっとで、日本に帰って来て、消耗しきった身体を回復させるに随分時間がかかった。

 旅を記録したディレクターズ・ノートを読み返した時、僕は驚愕した。まるで時間の流れが違う。一日に起きうる出来事ではない。24時間が一年のような長さだ。改めて、響きのアジェンダレスのパワーを思い知らされる。

 ここで、ボブ・サムとのエピソードをご紹介。

 日本では、ドキュメンタリー映画ガイアシンフォニー、地球交響曲で、写真家の星野道夫の親友として出演。ご存知の方も多い。日本各地で講演会活動をされておられたので、ボブとはその中で出会った。

 響き第3章にクリンキットを選んだのは、ボブとの出会いが大きい。

 といっても、日本では二度ほどで、僕はいち観客。ボブは遠くステージの上にいた。二度目にお会いした時、響きでクリンキットの取材をしたいと申し入れたら、分かった、また連絡をくれと返した。僕がアラスカの旅に出る二年前のことだ。

 それから、響きは、オーストラリアのアボリジナル、アイルランドのケルトと、旅を進め、いよいよアラスカのクリンキットの番になった。

 あの時の約束をボブは覚えているだろうか?

 アラスカの旅が近づいて来て、僕ははっとした。

 響きの旅は、アジェンダ・レス。なのに、ボブに事前に連絡を取って訪ねようとする自分に気づいた。計画しようとしたのだ。

 僕は瞬時にそれを手放した。

 2年前の約束などないに等しい。であれば、ボブがアラスカにいようがいまいが、僕はクリンキットを撮りにいく。

 ボブがどこに住んでいるのかも分からない。また世界中を飛び回っているボブ。アラスカにいないかもしれない。しかし、神様が響きがこの時代に必要とお思いならば、きっとすべてをご用意下さるだろう。

 行こう、アジェンダ・レスを貫き通そう。

 もしアラスカに行って、ボブに出会わなかったら、それを受け入れよう。覚悟した。

 そして、僕はアラスカに飛び、シトカを訪ね、ロビーに出会い、そして、ボブがいるかもしれない家を探し出して、ドアをノックした。

 「・・・・・・」

 何度ノックしても出て来ない。ボブがいない。ボブに出会えない。それが神様の答えなのか。

 覚悟を決めた。僕は潔くありたい。ここまでよくやった。引き返そう。そう思って踵を返したその時、

 「誰だ?」

 と、後ろで聞き覚えのある低い声が唸った。振り向いたそこに、ボブが突っ立っていた。

 全身に鳥肌が総立ちし、喜びに震えた。神様が響きをやりなさいと言っている。

 しかし、そんな喜びは一瞬で泡となって消えた。ボブは取材に協力出来ないの一点張り。僕がどんなに説得しても無駄だった。

 しかし、これは奇跡のはじまりだったと、今、振り返って思う。

 一ヶ月が過ぎ、すべての取材が終わって、いよいよ帰国する僕を、ボブが熱く熱くハグしながら、

 「おれはここにいる。お前はおれの弟だ。いつでも訪ねて来い」

 ボブの目頭が熱くなっているのを僕は見逃さなかった。ボブの別れ際のこの言葉に、彼と一緒に過ごした奇跡の時間の数々が、現れているだろう。

 アジェンダ・レス。それは奇跡に出会う旅。

 ボブ・サムと再会の詳細はこちら>>> ディレクターズ・ノートから抜粋、「#いきなり奇跡3連発!」

儀式
イーグルとレイヴンの儀式

 短い夏が終わり、冬に差し掛かったアラスカのシトカ。もう何日も動かしてないと思われる無数の船と船が港に停泊していた。

 観光シーズンには、これらの船が総動員されるという。シトカ中が観光客で賑わうとロビーから聞いたが、そんな時があるなんて、閑散とした町並みからは想像も出来ない。偶々、そんなシーズンを選んでしまった。

 しかし、僕は大きな幸運に恵まれた。

 そう、この「幸運」こそが、アジェンダ・レス。

 なんと、何年かに一度しか開催されない、クリンキットのクラン、イーグル(白頭ワシ一族)の大きな儀式が、僕のシトカ滞在中に行われるのだ。

 それだけではない。

 その次の週には、ボズ・サムの一族、クラン、レイヴン(ワタリカラス一族)の大きな儀式も行われる。

 日本で言うと、伊勢神宮と出雲大社の、式年遷宮が同じ年に行われた2013年のようなもの。

 しかも、僕に両方の儀式を撮影していいと、それぞれの長老から許された。

 その許しまでの奇跡の道のりを、ディレクターズ・ノートでリアルタイム発信した。

 奇跡のストーリーである。

 響きのフィルムには、クリンキットの魂が刻まれている。

 儀式の時の様子は、

 >>> ディレクターズ・ノートから抜粋、「#クラン・イーグル」

 >>> ディレクターズ・ノートから抜粋、「#クラン・レイヴン」

人が神話と共に生きるとは
クリンキットである誇りを熱く語るボブ・サム【レイヴンの儀式】

 響きの旅には、各先住民族ごとにテーマを設けている。

 クランクインのオーストラリアのアボリジナルは、「情報伝達の正確さ」。1万年、2万年前の先祖の言い伝えを今に残す彼らの生き方、スピリッツを取材。

 アイルランドのケルト民族は、「理不尽を受け入れる力」。他民族からの迫害、大自然の脅威、それらの理不尽にどう対応していったか。ケルト民族の「許す力」を軸に取材。

 そして、今回のアラスカ、クリンキットのテーマは、「人が神話と共に生きるとは」。儀式を重んじる彼らから僕たちは何を学べるか。イーグルとレイヴン、両方の儀式に参加して、僕ははっきり解った。それは、

 「人が神話と共に生きるとは、人と人の絆を深める」

 儀式の時、食べ物を分け合い、喜び。モースト・シークレットと呼ばれる、最も重要な祈りと踊り。人の死を悲しみ全員が涙する。儀式の為にこしらえた杖を天に掲げ、先祖の精霊を呼ぶ儀式。

 それらすべてにおいて、そこには「人と人の絆」があった。

 人は、すごい。

 人類は、今の現代文明より遙かに長く神話と共に生きてきた。その意味を、今を生きる僕たちは考えなければならない。

 何事もバランス。行き過ぎた科学も、行き過ぎた精神性も、どちらも歪みを生んで来た。

 そうではない。僕たちの先祖は、何千、何万年という長い時間をかけて、子孫繁栄の為の知恵を残してくれていたのだ。

 「神話」とは、「生きる知恵」と言えよう。

ディレクターズ・ノート
19年ぶりの皆既月食をアラスカで見る レッドムーン

 響きには、「アジェンダ・レス」の他に、もうひとつの特徴として、「ディレクターズ・ノート」がある。

 アジェンダ・レスによって持たらされる奇跡の連続を、インターネットを使って、響きの賛同者の皆さまにリアルタイムで発信し続けている。(※賛同者限定のクローズド型の発信)

 オーストラリア、アボリジナルの旅から発信し続けた「ディレクターズ・ノート(アドベンチャーブログ)」は、賛同者の皆さまから大きな反響を頂いた。

 また、インターネットならではの双方向のやり取りが実現し、旅の途中に賛同者の皆さまから届く応援のメッセージが勇気となって、出逢う奇跡も加速していった。

 未知の領域を旅するHIBIKI、奇跡に出逢いたくすべてを天に委ねて突き進むその険しい道のり。日本からリアルタイムで届くひとりひとりの応援のメッセージは、HIBIKIを照らす光となった。

 そのディレクターズ・ノートから、5つのシーンを抜粋してご紹介。

 ・ボブ・サムと再会(いきなり奇跡3連発!)

 ・ロビー

 ・宇宙協奏曲「Red Moon & aurora」

 ・クラン「イーグル」

 ・クラン「レイヴン」

HIBIKI Color 赤:太陽 黄:月 白:宇宙 これらの色を合わせて「世界」を意味する。